夜 間 飛 行 惑 星

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□ モノカキ35 □

初 恋

「心狭くてごめん、あんたのこと大きらいだった」
 むしり取った花を投げつけるように言われた。
 どうして、と訊ねるのもおかしな気がして、久咲子(ひさこ)は黙ってうなずいた。
 久咲子の反応が気に入らなかったのか、琴羽(ことは)は不機嫌そうに眉を寄せた。重ねて突きつけてくる。
「大ッきらいだった。…ねえ、どうして、って訊かないの」
「聞いても意味ない」
 ああ、そう、とスカートのひだが開くほど大きな動作で空中を蹴って、琴羽は歌うように繰り返した。大きらい大きらい、大きらいだった。
「今日でお別れだと思うとせいせいする」
 不思議なことに、それだけは久咲子も同じ気持ちだった。あえて琴羽の不興を買いたくはないので、素知らぬふりで流したけれど。
 大好きだった、琴羽。よく笑う大きな口も、少し伸びかけのショートヘアも、短すぎる前髪も、子犬のような焦げ茶色の瞳も、今日で見納め、明日からもう見ることはないのだ。いたずらに付き合わされることも気まぐれに振り回されることも、移り気に悩まされることも、もうなくなる。
 心の底からせいせいする。
 渡り廊下から見上げる二月の空は、泣きたくなるほど晴れわたっていた。
 卒業生たちの門出を祝福しようと校門まで並んだ在校生たちの、襟もとのリボンが早咲きの桜のようだ。やわらかく目に染みる。
 ふいに、琴羽が下から覗き込んできた。久咲子は慌てて目許をこする。
「泣いてるの」
 からかう口調に、むっとしてかぶりを振る。
「花粉症」
「かわいくないな」
 ふん、と鼻で笑って、琴羽は久咲子に背を向けた。卒業証書の筒を肩に担ぐように持って歩き出しながら、また鼻歌みたいに繰り返す。かわいくない、かわいくない。
「そういうところがきらいだったんだよ」
「そう……」
 応える気力も失せてきて曖昧に相槌を打った久咲子を、琴羽が振り返って睨んだ。
「好きなら好きって尻尾振ってりゃいいのに、何が気に入らないんだか澄ました顔して。そのくせ人の心の中は平気で踏み荒らす、盗み出す、フォローはなし。いい迷惑」
 早口言葉みたいだった。内容に驚くより先に、準備してたんだろうな、とまず思った。それから、じわじわと言われたことの意味が頭に沁みてきた。ぼうっとしたままでいたら、怒ったような顔の琴羽が近づいてきて、髪を掴まれた。
「なんとか言ったらどう」
「なにを」
「悪かった、とか反省してる、とか」
「知らなかった」
 髪に絡んでいる琴羽の指が気になって、ほとんど上の空で久咲子は答える。
「琴羽があたしのことを、そんなふうに思ってたなんて…知らなかった」
「ふん」
 思い切り髪を引っ張られた。よろけて琴羽にすがる形になった久咲子を、首の後ろに腕を回して琴羽がホールドする。久咲子の耳許に、琴羽の息が触れた。
「うそばっかり。知ってて私を振り回してたくせに。やっぱりあんたなんか大きらい」
 ちがう、と久咲子は言いかけたが、もう話は終わったとばかり琴羽は久咲子を突き飛ばした。
 衝撃とともに、こめかみの辺りに鋭い痛みが走った。
「わら人形に使う」
 茫然としている久咲子に、指の間に残った数本の長い髪を見せて琴羽は笑った。
 スカートの裾を翻して駆けてゆく琴羽の背中を、久咲子は見送るしかなかった。
 大好きだった、琴羽。
 初めて見たときから好きだった。仲良くなりたくてどきどきした。言葉を交わしただけで舞いあがった。嫌われていないかと不安になった。少しでも長く、ふたりきりでいたいと願った。心と生活のすべてを、大きく支配されていた。
 そんな日々も、ついに終わったのだ。
 もう会うこともないだろう。明日からは別々の場所で、別々の暮らしが始まる。琴羽は久咲子を忘れるだろう。久咲子も琴羽を離れる。姿を見ることもなくなり、存在は薄らぎ、呪縛は解かれるだろう。
 大きな重石が退いたようだ。晴れた空の下、空っぽの胸を風が吹き抜ける。せいせいする。
 三年間いちども切ったことのなかった髪、琴羽への想いを閉じこめて伸ばしつづけてきた髪を、引き抜かれた跡だけが、痛む。
 帰りに美容院に寄って、春らしく軽くしてもらおう。思いついたら、すこし泣けた。



タイトル提供:「恋かもしれない35題」
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