夜 間 飛 行 惑 星

□ スポンサー広告 □

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

*    *    *

Information

□ 箱庭(小説) □

幸福な夢

 冬の陽射しの差し込むコーヒーショップの窓際で、うつむいて本のページをめくるあなたを初めて見かけたとき、私にはすぐに分かりました。あなたが、自分にとってとても大切な相手になることが。
「相席させていただいても構いませんか?」
 私が思い切って声をかけると、あなたは落としていた視線をゆっくりと上げて私を見ました。店内は適度に混んでいたので、不審には思われなかったようです。あなたは、ちらっと笑みを見せてうなずいてくれました。
「どうぞ」
 あなたの向かい側に腰を下ろし、まだ熱いくらいのコーヒーを啜りながら、実のところ私はほとんどパニックに陥っていました。どうやって、不自然でなくあなたの名前を聞き出そう。
 あなたがふと、本から目を上げて窓の外へ視線を向けました。心ひかれるものでもあったのだろうか、と私も目をやってみましたが、それらしきものを見つけることはできませんでした。
 顔を正面に戻すと、あなたと目が合いました。あなたはまた、唇に微笑を浮かべました。私はうろたえて、うつむいてしまいます。
 その拍子に、不用意に動かした手がぶつかってコーヒーの紙コップが倒れてしまったのです。
「あ……!」
 中身はわずかに残っているだけでしたが、テーブルの上に水たまりを作るには十分でした。そして、置かれた本を水浸しにするのにも。
「ご、ごめんなさい!」
 私は慌てて、鞄から取り出したハンカチでこぼれたコーヒーを拭きましたが、本のページはすでに茶色く変色してしまっていました。
「すみません、どうしよう……」
 おろおろする私に、あなたは怒った様子も見せずに言うのです。
「構いませんよ。古本屋で買った本ですし、一度は読んで読み返していたところですから」
「あの、でも……」
 それでは私の気が済みません、と私が応えると、あなたは少し考えるふうをして。
「じゃあ、こうしましょう。来週の今日、この時間にここでもう一度会って、あなたの選んだ本と交換してください」
 その本は差し上げます。そう言ってあなたは立ち上がり、お先に、と会釈して店を出て行きました。
 私はぼうっと、あなたの後ろ姿を見送ります。
 来週の今日、ここでもう一度会える。そのときには、この本の感想を伝え、想いをこめて選んだ本を贈ることができる。
 突然訪れた幸福な機会に、興奮を抑えることができず涙ぐみながら、私は目を閉じました。
 そして、これが夢なら醒めないで、と祈ったのです。
スポンサーサイト

*    *    *

Information

 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。