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屋上で黒ずくめの背中を見かけたとき、一目で運命だとわかった。だからどこまでも、ついてゆこうと決めたのだ。行きつく先がこの世の果てでもいい。
「家に帰れ」
初めてかけてもらった言葉がこれ。むっとして、ほっとした。血の通った存在って感じられたから。
「心配?」
無表情だった相手がうっとうしげに眉をひそめるのを見て、変かもしれないけど嬉しくなる。思ったとおり嘘のつけない人。
「つきまとわれると仕事がやりづらくて迷惑」
そう言いながら、逃げも追い払いもせず好きにさせてくれた。たまに姿を見失っても、しばらくすると当然のように前にいる。待っていたとでもいうように壁から身を起こすときさえあった。
何も訊かれなかったから何も話さなかったけど、すべてわかってたんじゃないかと思う。
「野垂れ死にされたら後味が悪い」とコンビニのおにぎりをくれたりした。梅干しは苦手だと言ったら舌打ちされたけど、次から昆布に変わっていた。
おにぎりを食べている横顔をこっそり観察する。伸び気味の前髪にきつい眉、とがった鼻に薄い唇。睫毛の短い奥二重の目は目尻がやや切れ上がっている。
ありきたりのパーツばかりなのに「彼」として組み上がった全体は凛として端正。これこそが品格というものなのだろう。
うっとりしていると視線に気づいたのか厭そうな目で、早く食えと急かされた。
仕事の詳細を彼は明かさなかった。日に何度か、来るなと念を押して離れてゆく。戻った彼の衣服からは、かすかに鉄錆っぽいにおいがした。
両手を組んでうつむく彼の傍らでそのにおいに包まれていると、なぜだかとても安心できた。
ふりだしの屋上に戻ってきたのは一週間後。
「ひとりで帰れるな?」
見つめてくる瞳が深すぎて、もう連れていってはもらえないのだと思い知らされた。
この場所で柵に手をかけたときと同じ叫びだしたい気持ちになったけど、今の自分にはこの人と過ごした一週間がある。必死にこらえてうなずいた。
「また会える?」
「寿命が尽きたら迎えに来てやるよ」
初めて小さく笑って約束してくれた。
一度だけ軽く手を上げてもう振り返らない背中が、にじんで消えてく。冷たいコンクリートの床に転がり声がかれるまで泣いて、誓った。
忘れない、けして忘れない、生きて生きて生きて、死ぬ日まで。
目の奥いつまでも消えない残像。黒い上着の裾を翻して去ってゆく姿は死神そのもの。
2005/6/8-19
02/21/ (水) 03:06|
箱庭(小説)
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