夜 間 飛 行 惑 星

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□ 箱庭(小説) □

君をはなれても

 この季節にまた会おうねと約束をした。
 最後に笑顔で別れたことだけが、やり場のない気持ちをいくぶんか和らげてくれる。

*

「どうしてか、見た印象が残らないんだ、桜の花って」
 疎水沿いの道を花見客に混じって歩きながら、実は、と打ち明けられた。
「好きな花、と言われたら真っ先に挙げると思うんだけど。去年の桜はどんなだっけ?って思い出そうとしても、記憶に靄(もや)がかかったみたいになって、鮮明には思い出せないんだ」
 ざあっと風が吹いて、桜並木の枝が一斉に揺れた。春の雪。
「桜の花自体が、ぼうっとした花だからじゃない?」
 眩しいのか手をかざして、散る花びらを見ていた。目を細めたまま私を振り返って笑った。
「そうだね…霞か雲か、と歌われた花だものなあ」
 歩幅が違うせいで少し遅れ気味になっていた私が追いつくのを待って、髪に手を伸ばしてきた。摘み上げた花びらを、そっと風に乗せるようにしてつぶやいた。
「はかないね」
 思わず、見えなくなるまで目で追った。自分のしたことなんかもう忘れたみたいにさっさと歩き出していたから、また差がついてしまった。
 いつもこうして後ろから見ている。
 少し先に生まれて、少し先を行く人。その背中に匿われている。庇護されている。守られているのが鬱陶しくなるたび、離れて走り出そうとするけれど、後ろ姿が遠ざかれば不安になる。そうして私はまた、戻って、残された足跡を辿る。
「疲れたの?」
 遅れた私のために足を止めて待っていた。伸ばされた手に、ためらいながらも掌を重ねた。
 あの春の日。

 ただ優しくされたいわけじゃなかった。
 並んで歩いてゆきたかった。
 待ち合わせていた喫茶店で相手が椅子にかけるなり私から切り出したとき、前もって知っていたふうにうなずいた。凪いだ海のような眼をしていた。
 傷付けたかったわけじゃない。それでも、わずかの動揺も与えられなかったことには失望を覚えた。自分自身に対して。
「君がどこかで、無事で平和でいてくれる限り、僕はそれ以上何も望まないよ」
 テーブルの上で静かに指を組んで、私を見た。言葉が本心からであることは疑いようがなかった。ぼんやりしていた視線が定まって唐突に焦点が合ったとき、私の中の何者かが、ひっそりと死んだ。
 さようならと言わず、またね、と言った。いつかまたどこかで、もしかしてすれ違うようなことがあったら、声をかけないまま通り過ぎたりしてくれるな、再会を喜びあい近況を尋ねあおう、と。
 私も、そうしましょうと答えた。またきっと、桜の季節に会いましょう。
 店を出て、道の左右に別れた。振り向かないと決めたからそのまま立ち去ったけれど、すっかり葉桜になった並木の下、私が角を曲がってしまうまで見送ってくれたのを知っている。

*

 今年の桜も、あっというまに終わってしまった。
 掴みどころのない薄紅色の雲は晴れ、やわらかな緑色の若葉が目にまぶしい。
 失いながら生きてゆくことにも、あのころよりは長けた気がするけれど。冷たい土の下で、あのとき死んだ何者かは、息絶えたままでいる。決して甦ることはない。忘れることはできない。
 幼かった私の光だった人。
 きっとまだ私は、あなたの足跡を探しながら歩いているのだろう。
 追いかけて追いかけて辿り着いた先に、あなたがいるとは限らなくても。いつまでも私は、追うことをやめられない。
 そんな気が、今もしている。
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