夜 間 飛 行 惑 星

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□ 箱庭(小説) □

忘れていない

 もう君を忘れたころかと思って、アルバムを開いてみた。
 別れたら相手の写真を捨てるなんて、かえって未練がましく思えて、そのまま残してあったのだ。
 ページをめくる。どれも似たような構図のありふれたスナップ写真の中で、君は、笑っていたり驚いたような顔をしていたり、遠くを見つめていたりする。
 僕はあのころ君を好きだったのだろう。
 少し離れたところから君に気付かれないように撮った写真などには、もどかしい感じが強く現れていて、今見ても胸が疼く。
 最後のページまで眺めてから、元の場所にしまった。
 煙草の箱と灰皿を手にベランダの戸を開ける。金木犀が香る。刷毛ではいたような雲が、橙色に染まり始めている。
 君とは、春と夏と秋を一緒に過ごして別れた。ひとりの冬のあと、春と夏が過ぎて、今年も秋が来たらしい。
 もう少し寒くなったらコタツを買いに行こうねと、ふたりで話したのを覚えている。僕の部屋にはパソコンデスク以外に机がない。たまに部屋で食事をするときには、アイロン台の上にトレーを載せてしのいでいたのだ。
 どうせ買うならコタツにしようよと、提案したのは君だ。コタツのある暮らしを知らない僕は渋った。僕を説き伏せようと君は、千の言葉を並べてコタツの素晴らしさを讃えた。曰く、コタツで食べるとみかんが美味しい、コタツで食べると鍋物が美味しい、コタツで食べる冬のアイスクリームは最高だ。
 食べ物のことばかりだと笑う僕に、食は人生の基本だと真面目な顔で言ってから、自分で吹き出していた。正直呆れながらも、僕はすっかりコタツを買う気になっていた。
 君が讃えたコタツの快楽を、僕は今も知らない。
 冬が来る前に僕たちは別れた。
 どちらが悪いというのではないけれど、もう一緒にはいられないことが分かってしまったのだ。他人にはそう説明してきたし、僕自身の感覚としてもそれは正しい。
 なのに、どうしてか釈然としないものが残っている。
 奥歯にくっついたキャラメルのようだ。舌でこすっても歯をすり合わせてみても、うまく取れない。吐き出せない。一年経った今も、ついコタツの広告に目を留めてしまう。
 ベランダで煙草を吸う習慣も、君のせいだ。灰皿に煙草を押しつけて消し、暗くなり始めた空を見上げる。
 最初のころは、自分がまだ君のことを好きなのかと思った。次第に、そうではないことが分かってきた。
 君ともう一度会いたいかと自分に問う。答えは迷わず「否」だ。もし仮に街で出遭ってしまったら、困惑するに違いない。
 君のほうはどうだろう。僕に気が付くだろうか。久しぶり、なんて声をかけてきたりするのだろうか。まるでずっと友だちだったみたいな顔をして。
 想像するだけで頬がこわばる。だって僕たちは、友だちなんかじゃなかった。そうだろう?
 アルバムを捨てることは、まだできそうにない。僕はまだ、君を忘れていなかった。僕にとって、君は今もリアルだ。風化していない。思い出にならない。
 思うに、僕はまだ、君を許せずにいるのだろう。
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