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君にしか聞こえない
「三園の絵を見てると、音が聴こえてくるんだ」
部員でもないのに美術室に入り浸って、人が絵を描いている側でぼーっとしている清水に、何の用だと訊いたらそんな答えが返ってきた。
「音?って、どんな?」
思わず手を止めた果菜に、続けてて、と手振りで示す。
「絵によって違う。出来上がったやつからももちろん聞こえるんだけど、描いてる最中のほうがいろいろ、変わってくから面白い」
青い絵の具をナイフで画布に載せながら、果菜は少し戸惑う。絵から音がする、と言われても、その感覚をにわかには掴みがたい。
「曲みたいに聴こえるの?」
「そういうときもあるし、そうじゃないのもある。見る箇所によって全然感じが違うこともあるし…」
清水の口調はいたって真面目で、冗談を言っているふうではない。
「描いてるのを見てるときだと、筆なのかナイフなのか、手の動かし方でも違ってくる」
感じとしては分からなくもない。目に見える色形や動きから音を感じることは、果菜にもある。「聴こえる」と錯覚するほど明確にではないが。
「じゃあ、今は?どんな音がしてる?」
果菜の問いに、清水は真面目な顔で考え込む。
「んー…。ざくっとした…涼しいけど重い…」
「わかんないな…歌ってみせてよ」
そう言うと、困ったような顔になる。
「ええと。歌じゃないんだ、音なんだ。うまく言えないんだけど…」
俺の声では表せない、と清水は肩をすくめた。絵を見つめて目を細める。
「三園、前に言ってたことあるだろ?形じゃなくて色を映すんだ、色の集まりが、結果的に取るべき形を取る、って。それと似てるかも」
果菜はちょっと驚く。授業で、自分の作品について解説しろと言われたとき、確かにそんなことを言ったこともある。もうずいぶんと前の話だった。
「あのとき俺、思ったんだ。三園の絵から特によく音が聴こえるのは、それでかもしんないって。色が鮮明だから、音もクリアに聴こえるんだよな」
果菜自身には、絵から音などもちろん聴こえてはこない。清水のことが少しうらやましくなる。
「ずっと描き続けなよ。これからも聴かせて」
机に伏したような姿勢から果菜を見上げて笑った。
その顔を見るためだけに、これから何枚の絵を描くことになるだろう。思いながらも、果菜はうなずいていた。
タイトル提供:
「恋かもしれない35題」
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